ぷりん大好き   egg baby café 御徒町

 

 
エッグベィビーカフェ。
とにかくおしゃれなカフェで、
打ちっぱなし天井に暖かいオレンジの裸電球並んでいる。
 
メニューは卵が中心。
卵のサンドイッチ
プリン
黄身がそのまま乗ったチーズケーキ
 
飲み屋や輸入食材、宝石店など御徒町のガード下らしいお店が並ぶ中で異色の雰囲気を出している。
 
店内はサラリーマンが多いのかと思いきや、若い女性が多い。
 
人気店らしく、ぷりんは早くに売り切れてしまうこともあるらしい。
多分休日は混んでいて長居できないんだろうな。
 
さてさて、お目当てのプリンは固めでしっかりとした弾力があり、食べ応え抜群!
カラメルのほろ苦さのおかげで、たっぷりの生クリームもくどくない。
 
なによりコーヒーが352円ととってもリーズナブルで、プリン495円と合わせても、1000円でおつりがきます!すごい!
 
今日も幸せなひと時をありがとうございました❤

 

 

egg baby café

http://www.eocc.jp/restaurants/eoc007/

仕事ができない人への配慮って? (書評)おいしいごはんが食べられますように

職場には弱い人がいて、強い人は弱い人を守ってあげなければならない。
守るのが当たりまえ。
 
だから、無理な人に残業させてはならないし、その分の仕事は強い人の誰かが引受けなければならない。
そしてそれを命令するのが上司の役目だが、「本当にそれでいいのか?」といつも迷ってしまう。
 
強い人は人の倍働き、弱い人はできる分だけ働く
強い人は能力があるからと転勤させられ、弱い人は居心地の良い部署に居られるように配慮される
強い人は仕事で職場に貢献し、弱い人は職場の潤滑油になろうと仕事以外のことを頑張る
強い人はストレスが溜まり、弱い人はストレスを溜めないように配慮される
強い人は「弱い人を守るべき」という暗黙の正義に抵抗するが、「仕方ないでしょ」という同調圧力に結局押しつぶされる
 
本書に登場する芦川さんは、弱い人の典型だ。
身体も心も弱いから、残業も苦手な仕事もしなくて良い。
でも性格はめちゃくちゃ良く、いつも笑顔を忘れず、料理もなかなかの腕前だ。
 
一方、恋人の二谷、同僚の押尾さんは強い人の典型で、いつも割を食っている。
だから、仕事ができないで迷惑をかけているお詫びにと、芦川さんが持ってくる手作りのスイーツを「気持ち悪い」と感じる。
 
しかし、数か月に渡る残業に疲弊しているにも関わらず、他の同僚たちは、毎日残業もせず早帰りしてスイーツを作っている芦川さんをべた褒めし、芦川さんはますます生き生きとスイーツ作りに励む。
 
なんだろうこの読後感。
「仕方無い」という諦めより、もやもやとする心に蓋ができない。
 
せめて、仕事の貢献度だけで単純に給料が決まらないものか、と思ってしまう。
 
 
 
 

この時間は「浪費」なのか?「投資」なのか?

 

ジャニーズ大好き、BTS大好き~を標榜し、
休日は撮りだめたVTRを見たり、ライブ映像のDVDを見たりして過ごしています。
 
もちろん、本人は楽しいし、また来週仕事がんばるぞ!っというモチベーションアップにつながっているのですが、
これって、ただの時間の「浪費」なんじゃないだろうか?
と不安に思うことがあります。
 
それは、この時間が、社会貢献や、自分の収入アップに一切繋がらないからです。
 
毎週4時間×52週=104時間 もあれば、もっと韓国語の勉強もできるはず・・・
そして子どもがそんなことをしていたら、
「そんな時間があるなら勉強しなさい!」
と小言のひとつも飛ばしているに違いないのです。
 
「浪費」の対義語は「節約」「倹約」だそうです。
好きでもないことをする時間は、「節約・倹約」して短時間で効率的にこなせればより満足感につながるのでしょうが、
好きだと思っていることを、効率的にやったとしても、何の満足感も生まれないでしょう。
 
むしろ、その時間を自分がどう思っているか、見かけ上はカウチポテト族のように、だらだらと無意味に見えても当人が充実した時を過ごしていれば、「投資的」な時間と言えるのではないでしょうか?
 
そうすると、目の前でゲームに興じている我が子も、「投資的」な時間を過ごしているのかもしれない。
怒ってはいけない。我慢我慢・・・
 
 

 

プリン大好き  CALL cafe  表参道

 

 
「家と庭」内のカフェスペース、CALL cafeさんのプリンをいただきました。
 
お店には、店内とテラススペースがあるのですが、この連日の猛暑でテラス席は全く人気がなく、またもや独占状態でした。
 
ここは羽田を発着する飛行機の通り道になっているのか、上空を飛行機が飛ぶのですか、音もさほどうるさくなくコーヒーを楽しみながら、BGMとして楽しめます。
 
さて、本題のプリンですが、そんなに固くなく、たまご、たまごと卵の主張が強くない、少し牛乳の風味も残る優しいお味です。
 
特徴的なのは、たっぷりとしたカラメルの水たまりに、プリンが「ぽちゃん」と浸かっていて、少し苦味のあるカラメルをプリンに浸しながら食べるのがとっても美味しいです。
 
おかげで、優雅な午後の一時が過ごせました。
 

 

パライバトルマリンを買って自分磨きを決意する

 
今日、私が、叶えたい夢100個の中にあげていた、
 
パライバトルマリンという宝石を買う
 
という夢を叶えました!
 
実は、本物のパライバトルマリンを見てみたくて、お店に行ったかだけだったのですが、ネックレスをつけて鏡の前に立った自分を見た時に、あまりにそのネックレスが似合わないことに愕然とし、
 
このネックレスが似合うような人間になりたい!
 
と強く思ったので、買うつもりはなかったけれども、即座に購入を決め、そのままつけて帰りました。
 
もしかしたら、似合う自分になるまでおあずけをする方が良かったのかもしれません。
 
でも、もし先送りしてしまったら、似合う自分になるための努力も先送りしてしまうような気がして、
 
よし、今日からすぐ自分磨きを始めるぞ!と決意するためにも、そのまま買って帰りました。
 
「自分らしく生きる」ということ。
それは、自分が成長するための努力をしないこと、の言い訳であってはならないと思います。
 
自分が日々成長するために努力をする
 
それこそが、自分らしく生きるということではないでしょうか。

初夏の高尾山

 

今日は新宿から京王線で1時間。手軽に行ける山、高尾山にハイキングに行きました。
明日から天気が下り坂になるというので、この晴間は本当にラッキー♡
そんなに蒸し暑くもなく、空気も澄んでいて、富士山こそ見えませんでしたが、山頂から向こうの山の稜線を見渡すことができました。
 

行きは一番外側の稜線を辿る稲荷山コースから、帰りはメインの1号路を通って、薬王院経由で高尾山口駅のルートにしました。
少し遅い午前7時40分スタートだったので、登山道も山頂も混んでいるかと思いましたが、前後が2メートル以上は距離を保てるぐらいの程よい込み具合で、マスクをしないで登ることができました。
 
今まで何度となく薬王院へ行っていたのに全く気が付かなかったのですが、北島三郎さんが歌う「高尾山」という歌があるそうで、その記念碑が建っていました。北島三郎さんの手形に手を当てると曲が流れると書いてあったのですが、残念、歌は聞けませんでした。どんな歌なんでしょうか?気になりますね。

 

 
 
ケーブルカー「高尾山」駅付近からは、高層ビル群も見えました。都庁付近なのかな?
 

木に巻き付いている蔓植物。太陽の向きにしか生えない!
 
今回久しぶりに登ってみて感じたことは、自然が私に、いかに多くのものを与えてくれるかということです。
 
1 ハイキングという運動機会
2 きれいな空気
3 静寂
4 マスクなしでいられる時間
5 鳥や昆虫との出会い
6 豊かな生態系
7 山頂からの絶景
 
ロビン・ウォール・キマラーという、ネイティブアメリカンの植物学者が言っています、
「自然は人間に与えてくれるから、人間も自然に恩返しする必要がある」と。
 
高尾山から沢山の恩恵を受けた私が、高尾山にお返しできることは、
マナーを守ってハイキングするとか、ゴミを捨てないとか、そんなことしかできませんが、私の子どもや孫たちがいつまでもこの恩恵を受け続けられるように、ほんの少しづつでも恩返しをし続けていこうと思います。
 

天狗?のマンホール               紫陽花はまだ蕾
 

これが170年前の作品⁈ 大英博物館 北斎展(サントリー美術館)

葛飾北斎の版画、肉筆画の展示会に行ってきました。
 
北斎と言えば、モネやドガゴッホなど海外の印象派の画家たちに影響を与えたことで知られていますが、大英博物館が所蔵している、イギリス人収集家が日本から持ち帰った北斎作品が中心となった展示会でした。
 
有名な富嶽三十六景を初め、人物画、鳥、花、魚と多彩な作品が揃っていましたが、共通するのはどの作品も、飛び出してきそうな躍動感がありました。
うねる川の流れや、力強く打つ滝も、そんなに複雑な線が書き入れられている訳ではないけれど、その構図や一緒に書かれている人物との対比からか、人間なんて一瞬で翻弄されてしまうような自然の驚異までもが伝わってきます。

 
富嶽三十六景でも、大井川を渡る人足や、樽を削る職人など庶民を描いていますが、他の作品を見ても庶民たちが絵の中で生き生きと躍動していて、北斎が庶民の生活を興味深く観察していんだろうなと想像できます。

(為朝図 一幅 江戸時代 文化8年(1811) 大英博物館 ウィリアム・アンダーソン旧蔵)

 
私が今回特に注目したのは、鳥や魚の一連の作品群やです。
 
「鶯に梅」というのが、春の定番の構図だと思うのですが、「鶯に薔薇」という、私自身、初めて見た組み合わせや、水に潜っている鴨が水の屈折で歪んでいる構図など、伊藤若冲水墨画でみる、静的な鳥や魚たちの構図とは一味も二味も違うのです。(もちろん伊藤若冲も大好きですが)
 
こういう構図の発想は、いったいどういったところから湧いて出るものなんでしょう?
 
没後170年を経ても、いまだに斬新さを感じる北斎、今存命であったら、どんな作品を生み出してくれたんだろうと、いろいろ想像してみたくなる刺激的な展覧会でした。